龍票

全44集/2004年

 清朝後期、巨万の富を築いた山西商人(注1)・祁子俊の栄光と悲劇を描いた大河ドラマ。辮髪姿もうるわしい黄暁明が、祁子俊の十代後半から20年近くにわたる半生を熱演。しかし気軽に黄暁明を鑑賞するつもりに反して、とんでもなく重く肩の凝るドラマだった。
 「龍票」とは清の太祖・ヌルハチが明との戦いの時、内地の商人から軍需品を購入する際に使用した手形のこと。偶然これを手に入れた(といっても四万両も出した)祁子俊はこの「龍票」のおかげで活路を開き、その後もうまく利用していく。
 時代は道光末期から咸豊を経て同治初めまで。アヘン戦争以来、清朝が斜陽を迎え、太平天国の乱(1850~64)、アロー号戦争(1856年)などが続く内憂外患の時代だ。祁子俊は世情を利用し、さらに役人や権力者に取り入って商売を広げ、若くして山西経済界のトップにのし上がる。人並みはずれた才覚と行動力の賜物だが、一方で常識人から見ると眉をひそめたくなるようなことも平気でするし、犯罪にも手を染める。それと対比されるのが、祁子俊の舅で、商売にも「義」を重んじ、世のため人ためを第一義とする人格者・関近儒。さらに地位を利用して金儲けに走る役人ども、商人から金を吸い取ろうとする清朝政府などが描かれ、経済界から見た清朝の衰亡といった趣もある。清朝政府を体現する人物として祁子俊とかかわりあうのが恭親王・奕訢で、お互い利用し利用される二人の駆け引きはドラマの見所。
 正直、清朝経済の知識がないとよくわからない箇所がいくつかあったうえ、たぬき親父どものよく言えば虚虚実実の、悪く言えばウソくさい会話が延々と続いたりするので、ストーリーを把握するためには台詞を一言も聞き漏らさないよう(字幕を読み落さないよう、が正しい)、一瞬も気が抜けない。さらに祁子俊のギャンブラーっぷりと、恭親王との戦い(?)にハラハラさせられ通し。おかげでますます肩に力が入ってしまい、ちょっと疲れた。それでも最終回、祁子俊と恭親王がついに本音をぶつけ合うクライマックスから、息子がかつての祁子俊と同じく辺境にキャラバン隊を引いて進むラストまでを見終わった時には、感動に打ちのめされた。
 しぶい内容のせいか視聴率もぱっとしなかったようだが、いいドラマなのにもったいない。明教徒(黄暁明ファンのこと)の間でもあまり話題にならないのは、さらにもったいない。私はこれできっぱり明教に入信したというのに。(2006年5月)
注1:「晋商」という(晋は山西の古称)。山西は鉄と塩の産地で商売が盛んだったが、清代には金融業を主とし、全国の金融を独占するほどだった。

舞台:
常家荘園楡次老城三多堂(曹家大院)祁県

あらすじ
 山西・祁県の票号(注2)「義誠信」のあるじ祁伯群の次男・祁子俊は、父の命令で北京支店に修業に来ているはずが、金にあかせて遊んでばかり。ある日、琉璃廠の骨董店でお忍びの奕訢と玉麟格格から偶然「龍票」を手に入れる。同じ頃、戸部(注3)を管轄する瑞王と戸部尚書・黄玉昆の不正が元で、巻き添えをくった義誠信は営業停止に、祁子俊の父と兄が死んでしまう。降ってわいた災難に祁子俊は家業再興を誓う。祁子俊は舅の関近儒のもとで働き始め、やがて太平天国の乱の混乱に乗じて「義誠信」の再起をはかり、役人にわたりをつけ次第に店を大きくしていく。さらには太平天国とも取引する一方、清朝政府相手にもうまく立ち回り、全国屈指の富豪となり官職も得る。しかし、次々にふりかかる難題をクリアするうちに、そのためにかえって進むか死かの綱渡りに陥ってしまう。
注2:「票号」は銀行のような金融業で、中国初の票号「日昇昌」は1823年にまさに山西省の平遥に誕生している。私はこのドラマのおかげで「銭荘」と「票号」が違うことを知ったが、違いが分からないまま。「票号」開業には政府の認可が必要らしい。
注3:財政、経済などを司る。

登場人物&キャスト

祁子俊:黄暁明
 遊び人の少年が心を入れ替え、天才的なひらめきと思い切った行動力で、つぶれかけた家業を建て直し、さらに大きな成功を収める。しかし、ありあまる才覚がかえって仇となってしまった。正人君子ではないが、信用第一の商人としての矜持をきちんと持ち続け、人間性が試されるここぞというところでは、まあなんとか道を誤らなかったか。ちなみに祁子俊は実在の人物らしい。

恭親王:修 慶
 1833~98年。名は奕訢(えききん)。道光帝の第六子。後継争いに敗れたが、1850年に兄の咸豊帝が即位すると恭親王に封ぜられた。アロー号戦争では天津条約、北京条約を調印する。1861年の咸豊帝の死後、西太后・東太后と結んでクーデターを起こして権力を握り、議政王となる。史実では祁子俊より二歳ほど若いそうだ。どうりで前半、若作りにムリがあった。しかし修慶は金庸ドラマの時よりずっと素晴らしい。

関素梅:孫 寧
 最初、祁子俊の兄に嫁ぎ世禎を生んだ。夫の死後、婚家を去らずにいたところ、姑の命令で祁子俊に再嫁する。……これは絶対不幸になると思ったら、案の定。祁子俊との間に世祺を儲ける。たぶんこのドラマで一番気の毒な人。

潤 玉:秦 嵐
 黄玉昆の部下だった父の范其良が上司の罪をかぶって死に、連座して流刑になる。流刑先で、ロシア国境へ隊商とともに向かう祁子俊と出会う。北京に戻ってからは、芝居の一座を主宰する。最初は祁子俊に冷たいが、黄玉昆や芝居好きの瑞王とのコネを使い、何かと助け舟を出す。祁子俊の本命は彼女。

玉麟格格:呉 婷
 恭親王と仲良しの妹。恭親王も彼女にだけはべた甘である。祁子俊に気があるのはわかるが、どうにも言動が子供っぽく、不愉快。琉璃廠での出会い以来、全然年をとらない。祁子俊はワガママを迷惑がりつつも、しっかり彼女にへつらい、使える時は利用している。

席慕筠:蒋 欣
 上海支店の開業準備で上海に来ていた祁子俊と出会う。太平天国の幹部で、銃器や資金を手に入れるために祁子俊を頼る。英国人宣教師に教育を受けたため、英語がペラペラで、西洋事情にもくわしい。「天龍八部」の蒋欣が、洋装、若奥様風、太平天国の制服、男装などさまざまに仮装してくれる。

楊松林:舒耀暄
 太原知府。瑞王のイヌだが、一方で恭親王にも取り入ろうとし、出世のためには犯罪でも裏切りでも何でもござれ。まあ、お役人の典型ですな。祁子俊の父と兄を死なせたのはこいつだが、祁子俊と利用したりされたりの不愉快な関係が続く。

関近儒:高蘭村
 銭荘「大恒盛」の主人で、素梅の父。祁県での人望も厚い人格者。さすが関羽の子孫。娘の嫁ぎ先である祁家が没落しかかった時も援助し、祁子俊を助けるが、やがて役人と結びついて大儲けする祁子俊を苦々しく思う。こんな立派な人でも政府に裏切られるのでは清朝もおしまいと納得。

瑞王爺:薛中鋭
 たぶん道光帝の弟。黄玉昆と結託して戸部の現金をこっそり義誠信に預け入れたのが、そもそもの始まり。自分の罪を隠し、金を取り戻すため、義誠信の跡をついだ祁子俊を執拗に追う。恭親王との権力争いに敗れる。大の芝居好きで骨董好き。

黄玉昆:樊志起
 戸部尚書。范其良と親しく、息子と潤玉を婚約させていた。そのため范其良に罪をかぶせて死なせた後、さすがに後ろめたく、潤玉には何かと援助をしてやる。瑞王派だったが、瑞王が恭親王との権力闘争に敗れると恭親王に近づく。祁子俊は政府関係の仕事を請け負うため、こいつに取り入る。

蘇文瑞:張志堅
 最初、世禎の家庭教師をしていた。科挙に失敗し、金に困っていたところを祁子俊に再会、乞われて「軍師」となる。祁子俊の片腕として活躍するが、引退をすすめて聞き入れられず袂を分かつ。最大のピンチに再び北京の祁子俊のもとに駆けつけるが……。

祁夫人:朱 琳
 祁子俊の母。突然、夫と息子を失い、店が営業停止をくらうという困難の中、家を守り、役人ども相手に一歩もひかないなかなかの女傑。お気に入りの嫁の素梅が夫の死後も家を去らずにいるのを見て、祁子俊に彼女を娶らせることにする。本人たちの意向は無視。これさえなければ立派な人だったのに。

宝 珠:孫姿伊
 祁夫人に仕える小間使いだった。祁夫人の養女となり、蘇文瑞に嫁ぐ。しっかり者で気が強く、祁家への忠誠心が厚い。祁夫人の死後、祁家の舵取りを任される。その一日目の描写に、「紅楼夢」の探春を思い出すのは私だけだろうか。

関家驥:翟羽佳
 関近儒の息子、素梅の弟。口先ばかりで真面目に仕事をせず、父親の頭痛のタネ。祁子俊が使ってやれば彼をピンチに陥れ、死んだとの誤報に祁家のっとりを企む。こんな小人を逆恨みされたまま放置しておいていいのかと心配していたら、ああ、やっぱり。こんなやつがドラマの最後まで無事とは、何だかむかつく。

祁世禎
 祁子俊の兄・祁子彦と素梅の息子。母の再婚で、祁子俊の長男として育てられる。母にも甘えられず、継父とはうまくいかず、弟にいじめられる子供時代、ぐれるのではないかと見ていて心配だった。母の死後、家を出て、外祖父・関近儒の銭荘で徒弟修業をする。真面目に育ってよかった。弟の世祺はろくでなしになりそうな予感。

※おまけ画像。
「神鵰侠侶」より前に、すでにしぶい中年を演じていた黄暁明。しつこいようだが、黄暁明の辮髪姿はうるわしいです。もっと清朝ものに出ておくれ。

スタッフ
総監製:胡国華、閻憲奇
出品人:游建鳴、林礎蒲
総策劃:呉兆龍、游建鳴
編 劇:王躍文、呉兆龍、李躍森
参与劇本策劃:陳郁龍、曲直、于淑蓮、周山湖、王学偉、張国華
総導演:龔藝群
導 演:桑樺、羅蘭
撮 影:桑樺、呉隆甚、褚宝忠
総美術:張愛民
造型設計:陳嘉儀
照 明:康建英
道 具:王松坡
録 音:張 敏
剪 輯:張文、劉瑞洵
劇中音楽作曲:郭鼎文、郭楽童
片頭片尾詞曲:韓葆、王暁峰
執行製片人:王学偉
監 制:劉熾良、麦汝祥
総製片人:游建鳴、胡勁民

主題歌
片頭歌「掙脱」  作詞:韓葆/作曲:王暁峰/演唱:汪正正
片尾歌「月色如傷」  作詞:韓葆/作曲:王暁峰/演唱:徐洋

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