嘉興

電視劇:射鵰英雄伝神鵰侠侶 など
場  所:浙江省
行き方:上海、杭州などから鉄道かバス。

 長い歴史を有する江南の水郷都市で、上海と杭州を結ぶ幹線上にあります。「射鵰英雄伝」の主要な舞台の一つ。最大の見所は、街の南部を占める南湖とそこに建つ煙雨楼、名物は粽子(ちまき)と南湖菱。金庸先生は、これら故郷に近い名所旧跡や名物を「射鵰英雄伝」「神鵰侠侶」といった作品に登場させています。
 

南湖は別名を「鴛鴦湖」といい、これも「射鵰英雄伝」で紹介されていました。写真は、南湖のチケット裏の遊覧図。チケットは60元、図のように遊覧船で湖を一周することができ、それぞれの施設の入場料も含まれています。湖は街に隣接しているので、湖のほとりを歩くのはタダです。

南湖景区の正門は、湖の南端にある「会景園」です。湖に突き出した小さな半島で、庭園や楼閣が造られています。写真は入場してすぐの場所にあったレストランらしき建物、その名も「酔仙楼酒店」! 残念ながら営業しているようには見えない……。

酔仙楼酒店前の石碑。この「酔仙楼」の文字は、なんと金庸先生自ら筆をとったものです。先生、気前よすぎ。

遊覧船乗り場。台風が近づいていましたが、少ないながら観光客はいました。

湖心島。中央に建つのは「射鵰英雄伝」にも登場する煙雨楼です。

湖心島の船着場の前に建つ清暉堂。乾隆帝を迎えるために建てられたのだそうです。

乾隆御碑。乾隆帝は六たび江南を訪れましたが、その間に八度もこの湖心島に来たとか。遊びすぎ、じゃなくて、当時はよほど美しいところだったのでしょう。

「煙雨楼」の名は杜牧の「南朝四百八十寺 多少楼台煙雨中」から取られたそうです。初建は五代・後晋の頃、湖のほとりに建てられていました。後に、明の嘉靖年間に城内の運河の泥をさらい湖に島を造成し、煙雨楼も島の中に再建されました。(だから、「射鵰英雄伝」では湖のほとりにありました。)現在の建物は2004年のもの。

煙雨楼2階の室内。

煙雨楼2階からの眺め。

煙雨楼の正面。

再び船に乗って、革命記念館前の船着場へ到着。

ここにはこんな船が。舟遊びを楽しみたくなります。

南湖革命記念館。入場料は遊覧船のチケットに含まれます。

南湖革命記念館に入ってすぐに展示されている船の模型。1921年7月、上海で開催されていた中国共産党第一次全国代表大会は警察に発見されたため、参加者は嘉興へ移動し、南湖でこのような船を貸切りにして大会を継続しました。そのため、南湖は革命の聖地の一つであり、この記念館も大会に関する資料を展示しています。

遊覧船に乗って次に到着したのは、壕股塔院。もともと古いお寺と塔があったらしいのですが、現在の建物は出来たてのピカピカで見るからに安っぽい。塔の高さは63メートルほど、さぞや眺めがよかろうと思ったら、登れませんでした。境内では服務員につかまると線香や占いの押し売りをされそうな気配が濃厚だったので、早々に退散。

壕股塔院前の攬秀園。庭園その他が最近になっていろいろ造られた様子です。雨風が強くなってきたので、出入り口付近をウロウロしただけで撤収。そして再び船に乗り、最初に入場した会景園へ戻りました。

嘉興名物といえば、粽子。その超有名店が五芳斎。写真は南湖革命記念館の前にあった小さな店舗ですが、街中に支店があるようでした。台風さえ来なければ、お店でゆっくり食べるはずだったのに。

もうひとつの嘉興名物、菱の実。トゲのないまるっこい菱が南湖独特のもので、「射鵰英雄伝」にもわざわざ書いてありました。初めて読んだ時は、「え~、そんな菱なんてホントにあるの~?」と半信半疑だったものです(いや、金庸先生を信用しないわけじゃないです)が、本物を見ることが出来て感激。味見もしたかったのですが、旅行中にこんな大量の生の菱を買うわけにもいかず。

バスターミナル(汽車西站)横の軽食屋に売っていた粽子。やはり五芳斎ブランド。豚肉入りのものを食べましたが、名声に違わず美味!でした。

バスターミナル内、待合室前の売店。ここにも大量の粽子と菱の実が売っています。


 台風8号と競争するように、大急ぎで南湖だけ見て去りました……。もっとゆっくり街中を歩いてみたかったのに、残念至極。(2009年8月)

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