走向共和

全60集(※)/2003年

 清朝末期の光緒16年(1890年)から民国6年(1917年)の張勲の復辟事件までの政治の流れを描く。中国では放送開始後反響を呼んだものの、途中で放送中止処分をくらい、その後、カットや手直しをした(させられた?)という曰くつきの作品。再放送もできないらしい。このたび、「ノーカット」を謳う香港版DVDにて鑑賞。
   「反響」の中身は賛否両論あったようだが、特に論議を呼んだのが歴史上の人物の描き方が官製の人物像と違うことで、特に李鴻章(売国奴)、西太后(独裁者)といった、これまで歴史の悪役だった人物を好意的もしくは多面的に描いたことが問題になったらしい。その他、史実と違うところがある(ほとんどの歴史ドラマで言われることだ)のも批判されたようだ。そのような改変も含めて、既存の「歴史認識」へのアンチテーゼが感じられること、そして現在の政治への批判がはっきりと読み取れること(真面目なドラマならよくある。要は程度の問題か)が、お上の気に障ったのだろう、せっかくの名作ドラマがもったいないことになってしまった。しかし、このような骨のあるドラマを世に問おうとした製作者たちの心意気を壮としたい。
 それにしても、わずか20数年の間にこれほどのことが起こり、これほどの変化があったのかとあらためて驚く。ドラマ全体を通じた主人公はおらず、当時の歴史に名を残す人物が実に多く、入れ替わり立ち代り登場する。中でも重要な人物は、李鴻章、西太后、袁世凱、孫文。
 李鴻章(王冰)は、早くから何度も軍備増強を訴えながら退けられ、日本と開戦しても勝ち目がないと主張するも、いざ敗戦となると責任を押し付けられ、下関条約の締結を余儀無くされる。しかし、すべてを呑み込んだうえで、売国奴呼ばわりに甘んじる。売国奴どころか悲運のヒーローだ。西太后(呂中)は、贅沢三昧、身勝手さ、愚かさだけでなく、西洋の文化や新しい制度を取り入れようとする柔軟さも持ち合わせたカリスマ性のある政治家として描かれる。袁世凱(孫淳)は権力への嗅覚が実に鋭く、誰につけば、あるいは誰を蹴落とせば出世に繋がるか、保身になるかをを瞬時に判断し、政界をうまく泳いで権力を得ていくさまが、実にいやらしくも面白い。早くから軍の近代化に取り組むなど進歩的な政策をとるが、それはお国のためなのか、自分の出世や地位固めに役立つからなのか? 孫文(馬少驊)は、特に前半、何やらイカれた山師のように見えなくもない(そこが良い)。どんな状況下も底抜けに楽観的で、失敗を重ねながらも理想に向かって進んでいく。上記3人に比べると、何をどうしてきたのか、辛亥革命までの道のりが今ひとつ分かりにくいような気がしたのだが(最初は理解者が少ないこと、お金がなくて苦労していること、武装蜂起に何度も失敗しているのは分かる)、中国人には周知の事実なので断片的な情報でも充分なのか。
 そして特筆すべきは、日本の描き方。日清戦争前夜から黄海の海戦、そして下関条約にいたるまで、日本や日本人の登場人物がしっかり描きこまれる。そこには、ステレオタイプの悪役日本人はいない。明治天皇はやる気にあふれた名君であり、伊藤博文は目的のために手段を選ばないながらも、風格も度量もある人物だ。こういった有能な為政者に率いられ、国力のはるかに劣る日本は官民一体となって富国強兵の機運を高め、清朝との戦いに勝利するまでになる。ドラマは日清戦争にいたる過程での日本との比較を通じて、清朝のダメさ加減を描写していく。たとえば、財政が破綻しているのに円明園建設のため、還暦祝いのために巨費を投じる西太后と、打倒・清朝海軍のために私的財産の一部を海軍に投じる明治天皇。「わが国の艦隊が清の艦隊を超える日まで、一日一食のみとする」と宣言し実行する明治天皇と、無駄に贅沢な西太后の食卓。黄海開戦で相対する北洋艦隊と日本海軍も対比され、清の敗戦が必然であったことが、これでもかというくらい分かりやすく説明される。
 そして何より驚くべきことに、日本人のほとんどが日本人俳優によって演じられている! 中国人と日本人の会話にはすべて通訳(明らかに棒読みしてるだけだが)がつく。こんなの初めて見た。(日本語以外にも英語、ドイツ語、フランス語、ロシア語なども。)日本の街、家屋、衣装、日本人の言動なども、日本人の目から見ればおかしいところが目につくが、それでも、私がこれまで見たどのドラマよりも格段に素晴らしい出来栄えと断言する。いや、やれば出来るじゃん! こんなところにも、製作者たちの本作に賭ける意気込みが感じられる。
   ドラマの後半、清朝が滅んだ後、いよいよ共和政治が始まったはずが、うまくいかずに政局は混乱を極める。大総統になった袁世凱はやがて帝政への色気を見せ始め、平行して、袁世凱を打倒するための第2次、3次の革命を目論む孫文は、そのために共和の理念に反して自分に権力を集中させようとする。このあたりになると、共和政治の産みの苦しみのようなものがひしひしと伝わってきて、痛ましい思いすらしてくる。
 ドラマは、ラスト10分を費やす孫文の演説で幕を閉じる。共和の理念(平等、自由、博愛)、三民主義(民族、民権、民生)、五権憲法(立法、行政、司法、考試、弾劾)について切々と聴衆=視聴者に語りかけた孫文は、「中華民族は必ず共和を実現できる、そう私は信じている」と結ぶ。この演説が、中国では丸ごとカットされたらしい。このようなドラマをきちんとした形で世に問えなかったことは、中国に「共和」がないことの証明だ。果たして中国はいまだに「走向共和(共和へ向かう)」道の途中なのか、あるいはすでに道を逸れたか歩みを止めてしまったのか。(2009年6月)

※香港版DVD。中国では全59集となっているようだ。

キャスト
李鴻章:王 冰/慈 禧:呂 中/李蓮英:李永貴/翁同龢:張 矩/光 緒:李光潔/袁世凱:孫 淳/沈玉英:韓再芬/盛宣懐:海 波/張之洞:廖丙炎/明治天皇:矢野浩二/伊藤博文:平田康之/ 伊東佑亨:中村文平/西郷従道:星野晃/陸奥宗光:桑名湧/張 謇:劉偉明/康有為:孫 寧/小徳子:馬小寧/丁汝昌:王明智/梁啓超:張 含/小村寿太郎:神谷秀澄/珍 妃:阿斯茹/福沢諭吉:小林龍夫/奕 劻:徐 敏/恭親王(奕訢):鄭天庸/孫中山:馬少驊/徐世昌:鄭 玉/栄 禄:戈治均/趙秉釣:李 屹/曹 琨:郭宏傑/馮国璋:姚 崗/段祺瑞:馬 倫/剛 毅:趙順増/譚嗣同:随抒洋/毓 賢:徐家忠/隆 裕:姜 楠/岑春煊:胡龍吟/載 振:姚 澗/載 澧:高田昊/端 方:劉国光/瞿鴻禨:鄭天庸/楊 度:陳 康/載 澤:郝愛明/黄 興:李伝纓/宋教仁:喬立生/鉄 良:賈一平/張 勲:楊光遠/徐錫麟:瞿雲鵬/袁克定:苗 強/袁克文:蒋一銘/小溥儀:王倍文/黎元洪:蔡 偉/田 沫:柳 淵/羅 文:趙立新/宋慶齢:石佳麗/蔡 鍔:楊 猛 ほか

スタッフ
総監製:趙化勇、謝建輝
総策劃:鄭佳明、胡恩、李健
顧  問:文選徳、仲呈祥、李牧、李準、黄建国、梅克保、譚仲池、呉志雄
監  製:汪国輝、王昌連、陳軼超、陳書林
策  劃:朱彤、程春麗、李曙明、龔曙光
執行制片人・責任編導:呉兆龍
責任製片:林威
編  劇:張建偉
執行導演:嘉娜•沙哈提、雅特
作  詞:暁光
作  曲:徐沛東
演  唱:徐沛東、宋祖英
総撮影:池小寧、賈永華
総美術:服装設計、劉心剛、趙海
剪  輯:劉淼淼
総制片人:羅浩、劉文武、馮驥
出品人:高建民、劉文武
総導演:張黎
 
主題歌
片尾歌:「歴史的火山」  作詞:暁光/作曲:徐沛東/演唱:徐沛東
      「年軽的向往」  作詞:暁光/作曲:徐沛東/演唱:宋祖英

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