紅楼夢

全50集/2010年

 製作が噂の段階だった頃からずっと注目され続け、2008年にようやくクランクイン、今年に入って完成、放送へとこぎつけたドラマ。かくいう私も紅迷の端くれとして、何年も前からニュースのたびに一喜一憂し、大掛かりなオーデションのドタバタ、監督交代劇、キャスティングや独特な衣装に対する罵詈雑言、クランクイン後のゴシップ、放送開始後の作品に対する毀誉褒貶にいたるまでずっと注視してきた。この数年がかりの紅楼夢祭りが、まさかこんな形で終わろうとは。中国での評判の悪さが気になりつつも、「みんな旧版が忘れられないからに違いない。きちんと作品を見ないで気が早すぎる。新版だって、きっとそれなりのドラマになっているはず」と思っていたのだが、残念ながら期待は裏切られた。これを書きながらもかなり気分が落ち込んでいる。
 このドラマの欠点は、すでにさんざん言われているような、衣装やヘアスタイルが奇妙(私は嫌いではない)なことでも、林黛玉が太っていることでも、陰鬱な雰囲気で「聊斎みたい」なことでもない。問題なのはそんな表面的なことではなく、「紅楼夢」の物語世界がドラマとしてきちんと再構築されているとは思いがたいことだ。脚本と編集が雑で荒っぽいのだ。ああ、「雑」だの「荒っぽい」だの、これほど「紅楼夢」に似つかわしくない言葉があるだろうか。まさか李少紅監督の作品でこんなことが起ころうとは。ドラマ製作の裏には視聴者には分からない大人の事情がいろいろとあったのだろうと推測するが、もっとじっくり時間をかけて脚本を練り、丁寧に編集をし、全編の音楽にもっと気を遣ってくれたなら、どんなに素晴らしいドラマになっていただろう。衣装やセットや小道具はもちろん、光や風を効果的に使った演出や映像それ自体は素晴らしく、キャスティングも完璧ではないがまずまずであり、名作が生まれる可能性は充分にあったはずなのに、もう残念で仕方がない。監督もプロデューサーもすごく苦労したらしいのに、このドラマのためにかけられた時間とお金と関係者の労力と努力を考えると、もったいなさすぎる。
 脚本にはずいぶんと大勢が名を連ねているが、ドラマを見た限り、脚本家が「紅楼夢」をきちんと読み込んでいないように見受けられる。一応、内容はほとんど原作に沿っている。台詞やナレーションが原作そのままだったりするほど。しかし、場面場面を無機的に並べているだけのような印象で、しかも場面の取捨選択、台詞の取り上げ方に問題を感じる。大事なシーンが軽く扱われていると、かなりがっかりする。もちろん、どの場面や台詞が重要でどう表現すべきかということは、人によって意見が異なるだろうし、たまたま私の考えが今回のドラマと合致しない部分が多かっただけかもしれないが、見ていて違和感を感じる箇所が多かった。また、ドラマに出てこなかった場面について後で台詞に出てきたり、説明不足で原作を読んでいなければ理解できないだろうと思われる場面などもあり、脚本の推敲や校正をしたのだろうかと疑われる。(中国人はみな話を知っているから、それでもOKなのか?)また、噂どおりナレーションが多い。ただ多いというだけでなく、きちんとドラマとして見せてほしい部分をナレーションで済ませられたり、映像で充分だと思われる部分にナレーションがかぶさったり、使い方に疑問を感じる。ナレーションとともに大急ぎで展開してしまう場面がかなりあり、まるでドラマのダイジェスト版を見ているようだ。音楽も、新たに書き下ろした曲は良いのだが、明らかに違和感のある曲がけっこうある。例によって、どこからか借りてきたのだろう。
 気に入らない箇所は山ほどあるが、一つだけ挙げておく。原作の第四十二回「蘅蕪君蘭言解疑癖」の場面、宝釵の話を聞く黛玉の表情、明らかにうるさがって心の中で舌を出している。この演出では、宝釵が嫌味な説教屋ではないか。宝釵は真心をもって黛玉に忠告しており、黛玉もそれが分かるからこそ、宝釵へのわだかまりを解いたのだと思っていたのだが、私の解釈は間違っていたのか。しかもナレーションではちゃんと「心下暗服」と語っており、映像とナレーションが合っていない。
 ただし、宝玉と黛玉の恋にかかわる場面は、たいてい良く出来ている。二人が西廂記を読み、花塚を造り、一人残った黛玉が牡丹亭の歌を聴く一連の場面(原作第二十三回)、黛玉が怡紅院で門前払いを食らったと誤解して涙する場面(同第二十六回)、葬花吟の場面(同第二十七回)、宝玉が黛玉に胸の内を吐露する場面(同第三十二回)などは、まず納得でき、いずれも美しい。後四十回部分は、原作自体がまずいせいで、ドラマもまずく見えるのだが、黛玉がハンカチと詩稿を焼く場面(同第九十七回)などは、なかなか良い。ドラマ全体がこのレベルで作られていればよかったのに。
 キャスティングについて。少年時代と成年時代とキャストが分かれる人物は、第32集(原作第七十回)で交代する。少年宝玉は、演じる于小彤が育ち盛りとあって身長や顔立ちがずいぶん変わっているが、これは仕方がない。この少年の演技がうまいこと。顎が細いせいか、宝玉らしくないと叩かれているようだが、私は支持する。成年宝玉(楊洋)は、後半は出番も台詞も少なく、何より玉を失って呆けてしまうので(その後、玉は最後まで出てこなかった)、ボーっとした感じが演技なのか演技が下手なせいなのか、判断できずじまい。しかし、いかにも純粋無垢そうな、あの透明感はすごいかも。
 林黛玉は蒋夢婕が最後まで演じている。キャスト発表以来デブだと罵られ続けて、本人のせいじゃないのに気の毒なのだが、実際にドラマを見ると、やはり黛玉にしてはちょっと……。演技や雰囲気は決して悪くないのに、どう頑張っても、輪郭とぽってり唇が何か違う。(ああ本人が悪いんじゃないのに、ごめん。)せめてもうちょっと顔立ちがほっそりしていたらと惜しまれる。衣装やヘアスタイルでなんとか少しでも痩せて見えるように工夫できなかったのか。ついでながら、黛玉がいつも薄着で寒そうなのが気になった! 体弱いのにダメじゃん! しっかり着込もうよ!
 薛宝釵は李沁(少年)、白冰(成年)のどちらもいい。個人的には李沁が好きだ。宝釵にしては痩せているかと心配したが、意外に気にならなかったし、いかにも聡明そうで、淡白で落ち着きはらっているところ、内面の秘めた思いなど、なかなかよく演じていたと思う。白冰は物語的に割を食ったか。
 王煕鳳(姚笛)は、大勢の中で目立とうと無理をしている感じがする。声を立てて笑うところや、召使いたちに睨みをきかせたりといった場面でやや苦しい。全体的に悪くはないし、頑張っているのは分かるのだが、やや物足りない。
 史湘雲は、呉青芷(少年)が可愛くて好き。少年賈迎春(李若嘉)は元気がよすぎて疑問。賈探春は張馨予(少年)のほうがいい。李紈(周毅)は良い。秦可卿(唐一菲)は出番も少ないし、よく分からないまま。黒い服はやはり違和感がある。平児(程媛媛)は良かった。香菱(宋軼)はせっかく可愛いのに、出番が全然ないのが不満。
 襲人(李艶)は、残念ながらがっかり。演技や台詞まわし、役作りにも疑問を感じる。服装が野暮ったいのは何故だろうか。晴雯(楊幂)はちょっときつすぎと思うところもあったが、いい感じだったと思う。私は好きだ。その他の侍女キャラでは、美人で落ち着いて主思いの紫鵑(英琪)と、侍女をやらせておくのはもったいないような鴛鴦(蔡飛雨)が私のお気に入り。
 特筆すべき、かどうか、旧版で賈赦を演じた李頡が、焦大役での出演。旧版の尤氏と新版の尤姉妹の母親が、どちらも演じ手が王貴娥だが、やはり同一人物だろうか?
 問題になっている衣装とヘアスタイルについては、私も発表当時は違和感があったが、見慣れてしまったことと、ドラマ全体が統一された美意識で貫かれているので、これはこれで評価する。宝玉の辮髪スタイルが原作通りなのには感動した。黛玉がほっそり見えるように工夫してくれればさらに良かったのだが。
 大観園はロケ映像を交えつつ、ほぼ室内セットだった。以前は造花は嫌だと思っていたのだが、季節や天候に左右されず映像美を追求するためには仕方ないだろう。それに、大観園という人工的な空間設定が人工のセットの中で演じられるのは、意外と物語世界とマッチしているかもしれない。(頑張って好意的に解釈してみた。)
 まだまだ書こうと思えばいくらでも書けるが、きりがないのでやめておく。悪いところはなるべく気にせず、出来る限り良いところを見て評価しようと思っていたのに、なんたることだ。新版の旧版より明らかに優れた点は、美人が多いこと、セットや衣装や小道具などが立派で、映像それ自体は美しい、つまり見栄えが良いことくらいか。
 以上を一言でまとめると、良い場面もあるがドラマ全体の出来には感心できなかった。残念だ。(2010年11月)

キャスト
賈宝玉:于小彤(少年)、楊 洋(成年)/林黛玉:林妙可(幼年)、蒋夢婕/薛宝釵:李 沁(少年)、 白 冰(成年)/史湘雲:呉青芷(少年)、馬暁灿(成年)/賈元春:王 彦/賈迎春:李若嘉(少年)、張 笛(成年)/賈探春:張馨予(少年)、丁 荔(成年)/賈惜春:王培褘(少年)、徐 行(成年)/王煕鳳:姚 笛/賈巧姐:張之童(幼年)、李曼嘉(少年)/李 紈:周 毅/秦可卿・警幻仙姑:唐一菲/妙 玉:高 洋/薛宝琴:徐 璐(少年)、殷葉子(成年)/邢岫烟:趙麗穎(少年)、趙夢恬(成年)/襲 人:李 艶/晴 雯:楊幂/麝 月:闞青子/平 児:程媛媛/香 菱(英蓮):愛愛(幼年)、侯一凡(少年)、宋軼(成年)/紫 鵑:英 琪/雪 雁:宣 璐/鴛 鴦:蔡飛雨/鶯 児:方安娜/彩 雲:呂 途/金釧児・玉釧児:陳 旭/司 棋:趙笑宇/小 紅:陳芳竹/芳 官:李妍霏/賈 母:周采芹/王夫人:帰亜蕾/薛姨媽:龔麗君/邢夫人:王馥荔/尤 氏:賈 妮/劉姥姥:葉琳瑯/趙姨娘:劉燕燕/尤二姐:孫 菂/尤三姐:楊 沫/夏金桂:温桂鈺/宝 蟾:許 歌/賈 政:許還山/賈 赦:趙 健/賈 敬:劉大剛/賈 珍:姜 彤/賈 璉:王龍華/賈 環:侯 祥/賈 蓉:袁 新/賈 蘭:趙 鑫(少年)、陳俊亭(成年)/賈 芸:鄭 璜/賈 薔:繆俊傑/薛 蟠:王鶴鳴/薛 蝌:黄 軒/焦 大:李 頡/茗 烟:叮[口當]/北静王:強 川/柳湘蓮:徐 垚/蒋玉函:張航睿/癩頭和尚:劉金山/跛足道人:劉 威、甄士隠:周野茫、冷子興:英達、門子:劉儀偉 ほか

スタッフ
原  著:曹雪芹
出品人:韓三平、陳潤生、王暁東、楊受成
総製片人:韓三平、劉徳宏、羅立平
総監製:韓暁黎、趙多佳、姜涛、周莉、任仲倫、白方芹
総策劃:張強、史東明、陳輝、肖紅、孔炯
監  製:趙海城、趙彤、徐巌、石衛平、陳佳勇、黄建平
製片人:李小婉
策  劃:彭鳴宇、方毅、曹力寧、郭躍進、楊金平、張欣、厳謹
責  編:張然、厳澍、霍昕、臧佳音、陳彤
撮影指導:曾念平
美術顧問・人物造型・服装設計:葉錦添
顧問委員会:馮其庸、楊偉光、仲呈祥、李准、張慶善、李希凡、謝鉄驪、劉景録、彭吉象、阿城、王暁常、于洋、周嶺、鄧婕、遠勤山、丁羽心
文学統籌:張慶善、孫玉明、沈治釣
拍稿本文学顧問:鄭万隆
劇本組:顧小白、蘇向輝、柏邦妮、張天然、李雪、胡楠、董友竹、劉玥、蔡一瑪
総導演:李少紅

音楽総監:廖嘉偉
作  曲:郭思遠、杜薇
作  詞:曹雪芹
歌  曲:開闢鴻蒙(片頭歌)、飛鳥各投林(片尾歌)、終身誤、春夢歌、可嘆、凡鳥偏従末世来、大夢帰、一夢遙、晴天情海、空牽念、公子無縁、欲潔何潔、葬花詞、黛玉琴曲、好了歌
演  唱:林申、杜薇、郭思遠、李沁、周毅、蒋夢婕、馬小爍、李艶、闡清子

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