錦衣衛

全35集/2006年

 先日の失敗(「熱血忠魂之独行侍衛」がつまらなかった)に懲りずに、再びマイナーな明朝後期ドラマに手を出してみた。幸い、今回は当たりだった。
 明代を舞台にした映画やドラマでおなじみの錦衣衛は、明朝にのみ存在した皇帝直属の特務機関。特権を振りかざしてやりたい放題のような彼らも、このドラマによると、皇帝に絶対の忠誠を誓う鉄の掟に縛られて、ままならぬこともあるらしい。
 もっとも、物語の主軸となるのは皇帝の座をめぐる骨肉の争い。皇帝に新たに皇子が生まれ、その子を皇太子にしたい皇帝と、そうはさせじと暗躍する二人の兄。16年後、成長した三皇子を軸に皇太子の座をめぐる争いがいよいよクライマックスに。結果は三皇子の逆転勝利。あと一歩のところで敗北した二皇子は捲土重来を期して雌伏する……。錦衣衛である主人公は、愛する女性のために、心ならずも帝位争いに巻き込まれていく。
  問題は、一見真面目な史実尊重型シリアスドラマに見える割には、史実の改変が凄まじすぎることだ。ドラマとして面白ければOKというのが私の基本的立場だが、それでも、はずしてはいけないラインというものがあると思うのだが。皇帝は一応、朱常洛(泰昌帝)ということになっているが、物語ではほとんど万暦帝になっている。そもそも泰昌帝は在位一ヶ月のはずだ。その息子たちも、天啓帝(兄)と崇禎帝(弟)の兄弟順が逆転、天啓がはるかに年下の弟になっているのは、物語の都合とはいえ、いくらなんでも変えすぎでは。ここまで何もかもが事実と違うと、台詞の中でずっと杜牧が杜甫になっていたのも何か意味があるのかと深読みしたくなるが、ただのケアレスミスだよね?
 こういった点さえ無視すれば、あるいは変更しまくった甲斐あってフィクションとしては面白いのだが、後半、脚本も編集もやや雑になったようで残念。シリアスなドラマのトーンに騙されそうになるが、落ち着いて考えると、特にラスト近くの展開はかなり無理がある。苛税にたまりかねて暴動を起こした無錫の民は、なぜ東林書院を襲ったのだろうか。そして天啓から崇禎への代替わり劇には、ちょっと呆気にとられます。鑑賞終了と同時に不覚にも笑ってしまった。いや、あくまでシリアスなんですよ。
 監督は「走向共和」「大明王朝 -1566-」の張黎。「大明王朝」の直前に撮った作品らしく、ドラマ全体の雰囲気や演出が似ているうえ、共通する俳優もいるので、この作品があったからこそ「大明王朝」も製作できたのかもしれない。
 俳優では、魏忠賢を演じた黄志忠が印象深い。この演技が監督に気に入られ、続く「大明王朝」で主役に抜擢された模様。そして、朱由校の文章。撮影当時、中央戯劇学院を卒業したての22歳だそうだが、最初いい子を演じていてもどこか壊れた感じがにじみでているなど、早くもただ者ではない感がある。将来に期待。その他、銭寧(郭昊倫)、大皇子(李強)、銭仕達(馬少驊)、楊漣(田成仁)などの脇役陣が、キャラも演じる俳優もよい。ヒロインの馬伊俐は三役楽しめる。
 「牡丹亭還魂記」が出てきたのも個人的にツボだった。作者の湯顕祖もちらっと登場。(2008年12月)

あらすじ
 皇帝の寵愛する鄭貴妃が三皇子を生むが、刺客に襲われ、貴妃は命を落とす。黒幕とされた皇后は死を賜り、皇后所生の二皇子も幽閉される。三皇子のあらたな乳母を捜したところ、鄭貴妃そっくりの美女・客印月に白羽の矢が立つ。印月は内縁の夫・李進忠との間に男児を生んだばかりだった。錦衣衛・楊天石と客印月は愛し合うが、印月は宮中に入り皇帝の寵愛を受ける。16年後、楊天石が引き取った印月の息子・布衣も、三皇子も成長していた。皇帝は江南にいた大皇子を呼び戻し、三皇子の立太子に反対したため罷免した楊漣を再び登用し、二皇子の幽閉を解く。そのため再び皇太子の座をめぐる争いが勃発。相変わらず皇帝の意は三皇子にあり、錦衣衛指揮使・銭仕達は大皇子につき、楊漣は正統である二皇子を推す。最も不利と思われた三皇子は、楊天石、布衣、そして宦官となって宮中に現れた李進忠らを利用しようとする。……

キャスト&人物紹介
客印月:馬伊俐
  素封家の娘だったが、ごろつきの李進忠と駆け落ちし、内縁のまま男児を生んだ。その後、楊天石と愛し合うが、死んだ鄭貴妃そっくりだったため、三皇子・朱由校の乳母として宮中に上がる。奉聖夫人に封じられ、実質は皇帝の愛人としてその後16年を宮中で過ごすが、天石と別れた息子を思い続け、酒浸りの毎日。ある時、宮中で上演された「牡丹亭還魂記」を見て、すっかり魅入られてしまう。三皇子即位後は楊天石や息子と晴れて一緒になれるものと期待していたのだが。馬伊俐は、鄭貴妃と、印月の姉・寧夫人と、3役を演じている。
  【史実の客氏】もと農婦、夫の名は侯巴兒。朱由校(天啓帝)の乳母であり、天啓即位後に奉聖夫人に封じられた。おそらく天啓と肉体関係があり、何人もの妃を虐待、殺害した。魏忠賢の対食(宦官の愛人)でもあり、彼と結んで権勢を振るったため、崇禎帝が即位すると一族もろとも処刑された。?年~1627年。

楊天石:譚  凱
  冒頭は錦衣衛校尉。楊漣の息子。父親とともに皇帝への忠義心が強い。鄭貴妃母子を警護し、三皇子・朱由校の命を救うが、皇后の処刑を命じられ、無実を知りつつ執行。そして皇帝の愛人となった客印月を警護する役目を16年。これでは性格が暗くもなろうというもの。印月と李進忠の息子に布衣と名づけ、わが子として育てる(養育は友人に任せきり)。やがて自分が即位したら印月を宮中から出してやるとの三皇子の言葉に、協力を約束するが。忠義に縛られて常に受け身で、主人公の割にキャラの魅力に乏しいか。

李進忠(魏忠賢):黄志忠
  ごろつき。客印月との間に息子を儲ける。罪を犯し、印月が宮中入りを承知するのと引き換えに命は助けられ、16年間牢暮らし。その間に木工の技を身につけ、それをつてに宮中に入り込もうとするがうまくいかず、志願して宦官になる。今度は首尾よく宮中入りを果たし、当時の権力者であり大皇子派の魏公公に取り入り、魏忠賢の名をもらう。やがて三皇子に寝返り、その即位とともに権力の味を覚えたか、権勢を振るうようになる。実の息子の布衣に父親と認めてもらうのが悲願。
  【史実の魏忠賢】ごろつきだったが自ら志願して宦官となり宮中に入る。朱由校(天啓帝)の乳母・客氏と結託して権力を握る。天啓帝即位後におおいに権勢を振るった。天啓崩御、崇禎即位とともに失脚、流罪の途中で自殺した。1568年~1627年。

朱常洛:劉文治
  皇帝。30年朝廷に出なかったという。寵愛する鄭貴妃が生んだ三皇子に帝位を継がせたいが、楊漣に反対され困っている。しかし、楊父子の忠義への信頼はまったく揺るがない。三皇子の乳母となった印月が亡き鄭貴妃そっくりのため寵愛する。
  【史実の朱常洛】泰昌帝。万暦帝の長子でありその跡を継いだが、在位わずか29日で突然死。1582年~1620年。鄭貴妃を寵愛し、彼女が生んだ三男を皇太子にしようとして延々十数年も論争が起きたり、25年も朝廷に出なかったというのは、父親の万暦帝の事跡。

朱由榿:李  強
  皇帝の長子。皇太子となるため、もっとも積極的に動く。錦衣衛指揮使の銭仕達と魏公公と結託している。生まれたばかりの弟の殺害を企み、その罪を皇后になすりつけた。その後もあきらめずに、いろいろと悪巧み。泰昌帝(朱常洛)の息子にこの名はなく、架空のキャラ。

朱由検:王勁松
  皇帝の第二子。母親は皇后。楊漣を師と仰ぐ。母后が濡れ衣で殺害されるとともに、16年間幽閉される。その後、後金との戦いで勝利を収めるなど皇太子の座をめぐる争いにリードするが、逆転負け。江南でチャンスを伺う。
  【史実の朱由検】崇禎帝。泰昌帝(朱常洛)の第5子。兄の天啓の死に伴い即位。天啓期に政治を壟断していた魏忠賢や客氏を処分した。明朝最後の皇帝。この人については「江山風雨情」を見るべし。1611年~1644年(在位1628年~1644年)。

朱由校:文  章
  鄭貴妃の生んだ三皇子。母親の愛に飢え、母と瓜二つだという客印月を慕うが思いはかなわず、誰にも愛されないと思い込み、性格が歪んでしまったらしい。最初は帝位に興味のないふりをし、木工にのめりこむと見せかけているが、次第に正体を表してくる。後半はかなりヘンタイっぽい。即位が16歳であることは史実どおりだ。
  【史実の朱由校】天啓帝。泰昌帝(朱常洛)の長子。母は王氏。木工好きで、魏忠賢に政治を任せきりだった。1605年~1627年(在位1620~1627年)。

楊  漣:田成仁
  内閣首輔。楊天石の父。東林党の大物であり、二皇子・朱由検の師でもある。皇帝の後継問題について正統論を唱え、すなわち皇后の生んだ二皇子を推し、皇帝に反対したため罷免される。16年後に返り咲く。政務にいい加減な天啓帝を諌めようとするもかなわず、権勢を振るう魏忠賢を弾劾しようとする。
  【史実の楊漣】万暦35年(1607年)の進士、東林党の一員。左副都御史の時、魏忠賢の「二十四大罪」を数え上げて弾劾したため逮捕、投獄され、獄中で惨殺された。1572年~1625年。

銭仕達:馬少驊
  錦衣衛指揮使。銭寧の父。朱由榿と結び、江南の税の多くを懐に収めていた。長年錦衣衛を指揮使を務め、隠然たる勢力を持つ。魏公公とともに朱由榿を次期皇帝にするために暗躍。出来が今いちの一人息子の銭寧に頭を痛めつつも、悪事には参画させない親心も。

銭  寧:郭昊倫
  銭仕達の一人息子で、錦衣衛。軽い遊び人風で、ずるがしこく悪巧みもするが、根は悪いやつじゃないような、よく分からない人物。楊天石、簫雲天とかつて義兄弟となった。父の死後は復讐のため二皇子・朱由検につく。

簫雲天:王九勝
  もと錦衣衛、今は殺し屋? 楊天石、銭寧と義兄弟だった。銭仕達に命を救われ、その意を受けて三皇子の暗殺ほか、数々の闇の仕事を請け負うが、どれもこれもうまくいかないのはなぜ。

顧瑾書:斉  歓
  楊天石の妻。たぶん顧憲成の娘か孫か。冷たい夫に黙って耐えている。

布  衣:王茂蕾
  客印月と李進忠(魏忠賢)の子。楊天石が父親代わりとなり、金夫妻に養育される。朱由校と、相手を三皇子と知らぬまま義兄弟になる。志願して錦衣衛に入り、やがて下心ある朱由校に重用される。ともに育った金枝が好き。楊天石を養父と知りつつも慕い、魏忠賢が実父だという事実を受け入れられないでいる。

魏公公:李迎旗
  皇帝の傍近くに仕え、権勢をふるう宦官。大皇子派。魏忠賢を三皇子殺害の道具にしようとするが。

劉公公:由立平
  三皇子に仕え、忠誠を誓う宦官。意外に人がよく、布衣のことで悩む魏忠賢に協力的。

金充及:董志華/金  妻:張  岩
  山中に隠居する読書人夫婦。楊天石とたまたま知り合い友人となり、客印月との因縁も承知。楊天石にかわって布衣をわが子とともに育てる。

金  枝:穆婷婷
  金夫妻の娘。双子の兄の金榜がいる。布衣を憎からず思う一方で朱由校にも惹かれているため、焼餅を焼く布衣としょちゅう痴話ゲンカ。

李贄(李卓吾):陳増祺
  有名な学者。僧形でいい年だが女連れの自他ともに認める生臭坊主。東林党の人々とは思想的に相容れず、何やら論争している。上演禁止となった「牡丹亭環魂記」の庇護者のような存在になっており、やがてその上演を客印月に託し、自らは上演解禁の嘆願のため北京に赴くが。
  【史実の李卓吾】明末の有名な陽明学左派の学者、異端の思想家。危険思想の持ち主とされ、迫害され獄中で自殺。「牡丹亭還魂記」とのかかわりについては寡聞にして存じません。1527年~1602(万暦30)年。

顧憲成:王宏涛
  無錫の東林書院で講義する名高い朱子学者。東林先生と呼ばれる。楊漣の師。高齢のため車椅子。その思想は、本ドラマではかなり浮世離れした机上の空論。崇禎即位を見届ける。
  【史実の顧憲成】万暦帝と内閣を批判したため政界を追放され、故郷の無錫で東林書院を再建、講義した。そこへ在野の知識人が結集し、東林党と呼ばれる。1550年~1612(万暦40)年。のちに東林党は魏忠賢に迫害され、多くの人物が投獄、殺害された。

スタッフ
出品人:王広群、張媛、楊貴、任仲倫、呉孟辰、何暁陽
総監製:顧令陽、任賢良
総策劃:王渭林、呂宏強、魯東章
監  製:王渭林、呂宏強、陳雨人、周建潮、賈育、劉蘇清
策  劃:徐華藝、肖紅、金達、崔長宏、馮蠟梅
編  劇:張建偉
劇本改編:趙立新
撮  像:王俊博、崔衛東、郭錦華
作  曲:趙季平
録  音:安巍
剪輯指導:劉淼淼
美術指導:趙海
執行製片人:何暁黎
製片主任:馬文華
総導演:張黎
製作人:韓剛、蘭釗

主題歌
片尾歌「剣出江湖」  作詞:鄧康廷/作曲:趙季平/演唱:譚晶

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