明王朝の滅亡を描く重量級大河ドラマ。何しろチョイ役のゲスト出演を含めると、「皇帝」役者が5人もいる。彼らを含むベテラン演技巧者たちが演じるさまざまな人物像が印象深い。
舞台は天啓末年(1627年)から1644年の明滅亡までの17年間。崇禎帝(李強)は、即位時は明を再興しようと意欲に燃えるが、急激に悪化する事態を前に情緒不安定になっていく。まだ若いのに心労のあまりすっかり老け込んでしまい、言動が常軌を逸してくるあたり、鬼気迫るものがあった。王承恩(王剛)は崇禎のため心を砕きながらも、私腹を肥やし、邪魔者を消し、政治を影で操る。一方、国勢を正しく見通す慧眼を持ち、清との講和の策を練るなど、底知れぬ奥行きを感じさせる。洪承畴(鮑国安)はオドオドした小心者を装いながら、実は自負心が強く、いざとなると赫赫たる武勲を挙げる。一方、保身のため目的のためには汚い手も平気で使う。呉三桂(丁海峰)は冷酷さと朴訥さを併せ持つ生粋の武人。良心と命令の板ばさみになりながら、次第に野心に目覚めていく。
崇禎は国力を挽回しようとして果たせず滅びた悲劇の皇帝なのか、自らの失策で国を滅ぼした暗君なのか。王承恩は魏忠賢の再来なのか、崇禎のため明王朝の命運を挽回しようと心を砕く忠臣なのか。洪承畴は明哲保身の傑物なのか、陰険な変節漢だったのか。呉三桂は時代の波に乗った野心家なのか、女のために判断を誤った愚か者だったのか。こういった複雑な人物造型と俳優の演技が第一の見ものだ。崇禎と比較にならない立派な皇帝・ホンタイジ(唐国強)の貫禄とスケールの大きさに、明と清の活力の差を否応なく感じさせられる。
天啓帝=陳道明、魏忠賢=李丁というキャスティングに、前半しばらくは天啓期の物語があるものと思っていが、すぐ退場だったのはちょっと残念だった。特に、この魏忠賢はもっと見たかった。数少ない女性陣は、陳円円(張瀾瀾)、周皇后(李建群)、荘妃(牛莉)がそれぞれ鮮烈な印象を残す。
意図的なのかどうか、今どき珍しい屋内の宮殿セットは、時代の閉塞感を視覚的に印象付けるようだ。皇帝の執務室へは階段を下りる設計で、この低くて暗い部屋がまるでどん底に落ちた明の象徴のよう。夜間の場面が多く、全体的に画面が薄暗い印象。これでもかと沈鬱なムードが演出される。とにかく、明はもう腐っている。滅びて当然だ。と言いつつ、力むばかりで実力の伴わない皇帝、私腹を肥やし保身に汲々とする重臣たち、人材不足に財源不足と、過去の物語とは思えないリアルさがちょっとコワイ。現代中国は、そして日本の政治は大丈夫?
屋内シーンばかりでなく、戦闘シーンも迫力がある。特にホンタイジと呉三桂の一騎討ち、呉三桂が李自成を破った一片石の戦い。呉三桂といえば、李自成の即位式に出席しようとしていたのに、なぜ急に清に帰順することに決めたのか、描写がすっぽり抜けているのにはうなった。視聴者の想像に委ねられるのは好もしいような、何も知らずに見るとハードルが高いような。中国人はみな知っているからこれでよいのだろう。
ところどころ教科書チックなナレーションが入るが、そうか、李自成は農民起義のヒーローで、反乱軍は義軍だったか、と中国の歴史観をあらためて認識。史実一辺倒ではなく、かなり自由に脚色しているが、なかなか勉強にもなるドラマだった。そして何より、非常の時代に生きた人々の生き様や悲劇におおいに心を揺さぶられた。(2007年1月)
※オリジナルはたぶん全40集。VCDでは全45集だが、回の区切り目ヘンだ。
あらすじ
天啓帝の弟である信王・朱由検は、魏忠賢に狙われ身の危険を感じていたが、天啓崩御の混乱を腹心の宦官・王承恩のおかげで乗り切り、即位する。しかし明王朝は、外は清の攻撃、内は農民反乱に苦しめられ、末期症状を呈していた。やがて清からの北方の守りに袁崇煥を抜擢するが、袁崇煥と王承恩は清との講和が必要との認識で一致する。しかし崇禎帝は聞く耳を持たず、一方で軍事費さえまともに用意できない。……
登場人物&キャスト
![]() | 崇 禎:李 強 |
![]() | 王承恩:王 剛 |
![]() | 皇太極(ホンタイジ):唐国強 |
![]() | 陳円円:張瀾瀾 |
![]() | 呉三桂:丁海峰 |
![]() | 洪承畴:鮑国安 |
![]() | 天啓帝:陳道明 |
![]() | 魏忠賢:李 丁 |
![]() | 李自成:劉 威 |
![]() | 周 后:李建群 |
![]() | 荘 妃:牛 莉 |
![]() | 袁崇煥:張孝中 |
![]() | 周延儒:劉毓浜 |
![]() | 楊嗣昌:張光政 |
![]() | 魯 四:馬 捷 |
![]() | 劉宗敏:張秋歌 |
![]() | 范仁寛:王絵春 |
![]() | 多爾袞(ドルゴン):李 志 |