大祠堂

全43集/2007年

 舞台は明末の徽州(現・安徽省南部)、謝一族が集団で居住する村・謝鎮。一族は明初に前謝、後謝に分家し、普段は何かと角突きあわせているが、一つの祠堂(祖先を祀る場所)を持ち、一族から選出された掌祠人をリーダーとして結束している。この謝家に嫁いできたヒロインを主人公に、一族の約30年を描く一大叙事詩。
 冒頭、後謝では子を産まない妻を虐待して死なせるという事件が発生。続いて、前謝と後謝の跡取り息子が同時に婚礼を挙げる。鄭秀雲(林心如/ルビー・リン)は後謝の謝致成(趙鴻飛)とお互い好意を抱いていたが、親の意向で前謝の謝致卿(王雨)に嫁ぐ。婚礼は前謝、後謝の面子争いが絡んで最初から波乱含み、案の定、とんでもない事件が発生する。どう考えても、鄭秀雲が婚家で苦労に苦労を重ねるとしか想像できない幕開け。
 案の定、一家と一族には次から次へと不幸や災難が降りかかる。しかし前謝と後謝は普段はトラブルを抱えながらも、いざ一族の危機となると、掌祠人の号令一下、一糸乱れず固く結束し危機を乗り越えていく。やがて迎える、明から清への王朝交代。これを地方に住む普通の人々がどのように受け止め、やりすごしたか。一言で表せば、「生きていかねばならない」か。どんなに辛い目に遭おうとも、迫害を受けようとも、国が乱れようとも、王朝が変わろうとも、先祖伝来の土地に根をおろしてこれまで通り生きていくのだ。生きていくこと、一族を絶やさないこと、これを究極の目標とする人々の力強さとしぶとさに、中国の底力を見る思いがする。
 ここで突然思い出したのは、20年ほど前にNHKで放送された「中国を撮り続けた男~映画監督・謝晋の世界」という番組の一場面。映画「芙蓉鎮」の中のセリフ「たとえブタになっても生き抜け」について、若き陳凱歌が謝晋に噛み付いていた。うろ覚えだが、「人はブタになっては生きられない。人としての尊厳を失ってはならない」という趣旨のことを言っていたと思う。しかし今にして思えば、この両者は両立が可能だったのだ。その証拠に、このドラマでは、同一人物がどちらもやってのけているではないか。節義を全うし人としての名誉と尊厳を保つこと、屈辱を耐え忍び「犬になっても(と、このドラマでは言っていた)」生き抜くということ。両者をその場その時で使い分け、人々はしたたかに生きのびていく。
 一族の中心にいるのは、前謝の大奶奶(潘虹)と後謝の三爺(高明)。どちらもなかなかの人物で、ベテラン名優たちの演技も素晴らしいが、とりわけ年を重ねてなお美しく、どんな時にも泰然として一本芯の通った大奶奶が素敵だ。大奶奶の息子で鄭秀雲の舅である謝格文(趙亮)、これがまたユニークな人物で、善良だが強情で融通がきかず、いい年して頼りなく、母親に叱られてばかり。この人が登場するたびにワクワクしてしまう。謝格文は郷試に落第し続けるが、一族には朝廷の高官もいて、清官として全うした者もあれば、敢えて魏忠賢の犬に甘んじる者もあり、官界に希望を持てず学問を捨てて商売の道に入る者もいる。そして清朝に仕える者も。しかしいかなる選択をしようとも、個人の私利私欲よりも一族全体のことを考えるのは皆同じだ。イヤな奴もいなくはないが、悪人はいない。普段はだらしなかったり、頼りなかったりした者も、いざという時には気骨を見せてくれる。そして結局は争いを好まぬ穏やかで誠実な人柄が人望を得ていくのが、理想なのかもしれないが見ていて気持ちがいい。
 一族の紐帯となっている族規と族譜をめぐるエピソードも興味深い。問題を起こした者に対する処罰を皆で話しあって決めるが、意外に規則やしきたりを柔軟に運用しているし、名前を族譜から抹消するといったやり方や族譜の記述の仕方に、中国人の歴史に対する考え方が窺える。一方、族規と家族の情の板ばさみの悲劇もあり、族規に背いて駆け落ちした娘が、結局は死ぬか出家するかでしか居場所がないといった物語に、封建時代の悲劇を見ることも可能だが、ドラマはむしろ、大奶奶や鄭秀雲のような女性を含め、現実を受け入れ、苦労に耐えて己の責任を全うし、次の世代を育ててきたごく普通の人々への賛歌となっている。鄭秀雲は何度も「命(運命)」だと語るが、それは消極的な諦めの気持ちからではなく、変えようのない現実をそのまま受け止めるという覚悟なのだと思う。
 いくつもの悲劇を経たドラマのラスト、鄭秀雲と謝致成はかつての大奶奶と三爺のようにそれぞれが前謝、後謝の大黒柱となり、息子たちに嫁を迎える。こうして物語は一巡した。今後は新しい世代によって謝家の歴史は紡がれ、子々孫々に受け継がれていくのだろう。
 ドラマ全体を通して、中国人の伝統思想や思考回路、行動様式が描かれているのがとても面白かった。メンツの立て方、名誉の重んじ方、危機に際しての身の処し方、個人と集団との関わり方、庶民とお上の関係、そして「歴史問題」まで。いずれも現代社会ともぴったり符合する。中国文化の教科書になりそうな作品だ。そういった点を含め、冒頭から人物関係、物語の背景を鮮やかに説明しつつ、巧みに伏線を張り、起伏のあるストーリーを語っていく脚本が素晴らしい。普通なら回想シーンを挟みそうな場面でも、セリフと俳優の演技のみという禁欲的な演出もいい。世界遺産に登録されている西逓村、宏村などの古集落で撮影した映像も美しく、明清の面影を残す家並みと伝統建築の素晴らしさも特筆したい。(2010年1月)

あらすじ
   婚礼の席での事故で謝致卿が大怪我をし、鄭秀雲は不吉な嫁だと言い立てられる。幸い大奶奶は動じず、秀雲を気に入るが、致卿は下半身麻痺に。やがて秀雲の熱心な介護のおかげで回復したと思ったら、男性機能がダメになっていることが判明。すっかりやさぐれた致卿は秀雲に当り散らすダメ男と化し、絵に描いたような不幸な嫁になる秀雲。家族はみんな秀雲を好きなのが救い。それから、……ええい、とても書ききれぬ。とにかく、いろんなことが起こるのだ!

登場人物&キャスト

鄭秀雲:林心如(ルビー・リン)
 謝致卿の妻。謝致成と幼なじみで好き合っていたが、嫁入りしてからは一心に夫のために婚家のために心を砕き、苦労を重ね続けて幾星霜。

大奶奶:潘  虹
 謝格文の母。前謝の大黒柱で、謝致卿の母親がすでに亡くなっているので、実質的に鄭秀雲のお姑さん。仏を信心し、常に家族と一族の平安を願っている。しかし誰よりも肝が座っていて、ここぞというところで素晴らしい言葉を語る。

三爺(謝復仁):高  明
 後謝の家長。孫の謝致成に期待している。後謝が前謝を凌駕することを望みつつも、度量もあり、いざという時は何があろうと一族全体の利益を最優先する。

秀才(謝格文):趙  亮
 大奶奶の息子、謝致卿の父。郷試に落ち続けて30年以上秀才のまま。善人だが、普段は気が強いくせにここ一番で頼りなく、掌祠人を務めても人望は今ひとつか。書は人気で引く手あまた。科挙を諦めてからは、族譜の完成に心血を注ぐ。

謝致卿:王  雨
 謝格文の長男、鄭秀雲の夫。もともと頭がよくて善良だが、男性機能障害のせいで一時期すっかり自暴自棄になって家族を困らせる。立ち直ってからは致成とともに商売をするが、負けず嫌いが先行してなかなか地に足がつかない感じ。ちなみにこの俳優さん、黄暁明にずいぶん似ている。

謝玉芬:祁瀟瀟
 謝格文の娘、致卿の妹。親が婚約を整えたにもかかわらず、張慶春と駆け落ちし、数年間行方不明に。その後、いったん家に戻るが……。とにかく慶春を唯一の男と思い定めてからは、自分の信じる道を突き進む。一族の恥扱いされているが、これと決めたら梃子でも動かないところ、お父さんも兄弟も皆そっくりではないか。

謝致相:王茂蕾/小致相:孫瀚文
 謝格文の末っ子で、ドラマ冒頭では8歳。早く母親を亡くし、祖母と兄嫁の秀雲に育てられる。とにかくおばあちゃんと秀雲が大好き、特に秀雲を生涯心の女神とする。とても賢いうえに優しい良い子で、長じては状元となり一家を大喜びさせるが……。後半生との落差に泣ける。可愛くて演技が達者すぎる子役も、成人後もどちらもよい。

謝致成:趙鴻飛
 後謝の三爺の孫、謝格勝の息子。謝致卿より二つ年上で兄弟同様に仲がよかった。真面目で有能で、父の死後、茶行の経営を引継ぐ。金儲け一辺倒ではなく、普段は地道にコツコツタイプで、結局は一族の信頼を得ていく。大奶奶も孫の致卿より彼を信用している。

謝格勝:王海地
 後謝の三爺の長男、謝致成の父。家業の茶行を経営する。経営を拡大し、貢茶にも選ばれるなどかなりのやり手。失脚し死刑を待つばかりとなった二爺を救うため、一族を代表して奔走するが。

謝格常:一  真
 後謝の三爺の次男。子を産まない妻を虐待したほか、普段から謝格文と仲が悪く、前謝をやっつけようと常にあら探しするなど、イヤな奴。でも目立つんだよなあ。根は悪い人ではないようだが。ちなみに、「レッドクリフ」の蔡瑁。

謝格非:陳楚東
 後謝の三爺の三男。ともに受験した謝格文を尻目に挙人となり、やがて都で官界入りする。しかし魏忠賢の犬に成り下がってしまい、一族から白眼視される。

胡巧珍:謝梓彬
 謝致成の妻。有名な薬商の娘。息子を産み、しばらくはうまくいっていたが、夫の心がいつまでも鄭秀雲にあると悩み、次第に心を病む。

離  娘:趙  娜
 謝致卿が商用の旅の途中に知り合い義兄弟となった顧公子の妻(妾?)となるはずだった女性。もと南京の妓女。東林党の重要人物だった顧公子は魏忠賢による迫害のため死亡したが、直前に彼女と腹中の子を謝致卿に託した。東林党の遺族に対する捜索から逃れるため、謝致卿は彼女を表向き自分の妾として家に入れる。

吱溜(謝致良):劉  喆
 初めは南京のごろつき。偶然に謝格常に会って母親の形見の品を見せたことから、父親が謝格文であることが発覚。家に押しかけてきて認知を求める。

二爺(謝復洵):井立民
 二品の大官。謝一族の現在の繁栄の後ろ盾であり、一族の誇り。しかし魏忠賢によって失脚させられ死刑を待つ身となったことから、一族に災難が降りかかる。助かって故郷に戻った後は、子どもたちに学問を教える。やがて再び朝廷に返り咲くが。

鄭芝盟:劉偉明
 鄭秀雲の父。芝居好きが高じて脚本を書き、自ら芝居の一座を主催している零落文人。謝家とは代々付き合いがあり、謝格文と仲がよい。前謝家と謝致卿を見込んで娘を嫁がせたが、娘の苦労を見て少し後悔。

張慶春:温海江
 鄭芝盟の一番弟子の役者で一座の花形だった。孤児だったため鄭芝盟が父親代わりでもある。謝玉芬と駆け落ちするが、そうそううまくいくはずがなく。彼なりに誠実なんだろうが、玉芬に比べて腰がすわっとらんな。

阿  貞:黄雨雨
 鄭秀雲に仕える小間使い。謝家にもついてきて、ずっと苦労をともにする。

魏忠賢:馬書良
 出番は少しだが、こいつのせいで謝一族はひどい目に遭うのだ。

修  文:汪子涛、丁傑霊、楊昊飛
 謝致卿と鄭秀雲の息子。「雍正王朝」「李衛当官」の楊昊飛くんが大きくなったなー。

修  武:呉  錚、方鄭豪
 顧公子と離娘の息子。離娘亡き後も、謝家で実の子同様に大事に育てられている。

修  賢:湯  昊、徐  翔
 謝致成と胡巧珍の息子。曽祖父の三爺に大事に育てられているらしい。頭もよければ気も強く、修文、修武と最初は仲が悪い。

修  斌:徐丹尼
 謝致相の息子。両親亡き後、鄭秀雲に育てられる。これまた賢くて躾のいい子だが、あれでは可哀想すぎる……。

スタッフ
総策劃:王啓敏
策  劃:程迎峰、蔡建軍、馬也
監  製:李強、楊楊、靳雨生
出品人:閻建鋼、曾紅
責任編導:林威
編  劇:張敬
定稿編劇:周葵、欧陽琴書
導  演:閻建鋼、聶造
製片人:鄧涛

主題歌
片尾歌「等待」 作詞:張宏森/作曲:撈仔/演唱:林心如、王雨

上 へ   電視劇一覧   トップページ